村井弦斎まつり

 

おこと・尺八演奏

平塚三曲連盟によるおことと尺八の演奏です
10:30〜12:00
13:00〜14:30

曲目と演奏者

(おこと演奏)上野 寿恵子社中
(尺八演奏)秀琴会

おこと 尺八
1.秋の曲 おこと・尺八
2.日本のわらべ唄 おこと
3.下り葉 おこと
4.秋の日 おこと
5.さくら21 おこと
6.「ジブリ主題歌」より おこと
7.ふるさとの夢 おこと
8.六段の調 おこと・尺八

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平塚三曲連盟について

おこと、三弦(三味線)、尺八の楽曲をもって三曲と申し、合わせて演奏することも多いので、平塚三曲連盟として活動しております。
平塚市文化連盟(三十団体)は、創立50周年を迎え、会員一同、伝統芸術を大切に伝承していきます。
おことは、九州の僧、賢順が作った筑紫流を伝承しております。筑紫流は、賢順の後、八橋検校、生田検校と続き、今年でちょうど400年になります。
生田流は、村井弦斎が親しみ、娘たちが習った流派でもあります。弦斎一家が楽しんだという音をお楽しみください。
平塚三曲連盟会長 田中荻多恵

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食道楽に見るおこと

弦斎は音曲を好み、中でも観世流の謡曲「羽衣」が好きでよく謡ったそうです。
食道楽の冬の巻では、渡航する大原を祝して廣海子爵が盛大に開いた送別会で、玉江嬢が琴を弾く一幕があります。

食道楽 冬の巻 琴一曲

食事が終わってしばらく休憩の後、主人の広海子爵は、余興にと姫君の玉江嬢に琴を一曲弾かせた。その妙音情調、みなを恍惚とさせたが、主人公もまた多年のたしなみとして、観世流の謡曲「羽衣」をうたい出した。

客の中には覚えず声に和して手拍子をとる人もある。子爵は元来声じまん、一揚一抑法にかなって、四辺にひびきとおる。漁夫と天人の問答に至って、一段と力をこめて

─この衣を直しなば舞曲をなさで
─イヤ疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを
と謡いのなかばにハタと声をとどめ

「諸君、わが輩が平静羽衣の曲を愛するのはこの一句にあります。イヤ疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを……この句ほど高遠雄大にして、光風霽月のごときものが、ほかにありましょうか。日本の文学はさておき、世界中の美文を集めても、この上に出る句はありますまい。これこそ実に世界的の美文で、天下万世に誇るべきものです。人の心はだれもかくありたい。(後略)」

(米子・注)この句は父が大変に好んでいたもの。響宴に琴を弾くのは、鎌倉時代の土佐光長“餓鬼草紙”にも平安貴族の宴の図がある。 食道楽 新人物往来社

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弦斎一家と伊東仲光検校

弦斎は子どもたちが小さいころからおことの稽古をさせたそうです。

はじめ山田流だったが、のち、伊東仲光検校という良師を、奈良からお迎えして、八橋流に近い、生田古流を嗜んだ。
伊東検校は、仏教の声明学をも修めた方で、奈良では隣の部屋に気の狂った人を置き、琴を弾いて眠らせ鎮める……という名人だった。あまり師が達人すぎて、弟子のわたくしは、及びもつかぬ隔たりを感じ、一向にものにならない。とはいうものの、千鳥や天つ乙女など、同じ曲を半年あまりも習うやり方だったから、いつか身について、何十年も弾かないのに、すこし覚えている。琴は妹花子が、かなり上手になった。
伊東仲光検校の、演奏をうかがう催しもよくしたが、お客がみな座ってから、やおら調子を合わせる、厳しさだった。また、得もいわれぬいい楽音が湧きおこる。ほんの少し、琴の柱をうごかすと、もうその妙音ははたと止む。
平塚の海の土用波は、凄まじく盛り上がるが、そこで濤に調子を合わせ、琴を立てると、思いがけぬ豪壮な、力強い楽音がうなり出す。伊豆修善寺へお供して、滝の音との合奏も聴いた。微妙な、大自然の神秘、名人達人の力など、娘心にどんなに訓えられたろう。
ほんもののよさ……というもの、ものの根本をつかむこと……、この二つを事あるごとに、父は訓えた。また父自身も、名人の音曲に接する欣びもあり、また執筆への暗示も享けたようである(中略)。
そのほか、三味線の長田検校、尺八の川瀬順輔師、三味線の同里子夫人はじめ、多くの名手を平塚へお迎えした思い出は尽きない。

*「父 弦斎の想出」食道楽 復刻版食道楽解説編 柴田書店刊 村井米子